武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス内にあるコワーキングスペース「Ma」で始まった連続講座、「beからはじめるライフデザイン宣言」。
2026年6月30日(火)、全5回にわたり開催される同講座の第1回が行われました。今回はオリエンテーションとして、ゲストナビゲーターとして指出一正さんを迎え、「人生を編集する」をテーマにトークセッションを実施。それを受けて参加者が感想をシェアする時間などが設けられました。
【ゲストナビゲーター】
・指出一正/『ソトコト』編集長、『オン・ザ・ロード2 スーパーウェルビーイング』著者
【ナビゲーター】
・酒井博基/『ナラティブモデル』著者
・前田洋子/「ウェルビーイング100」編集長
「どんな自分でありたいのか(be)」に徹底的に向き合う全5回
「beからはじめるライフデザイン宣言」は、やりたいこと(do)を決める前に「どんな自分でありたいのか(be)」を考える時間があっていいはずだという考えのもと、自分自身の“be”に徹底的に向き合う連続講座。
「やりたいことはなんですか?」と聞かれた際に、どう答えていいかわからない、でもやりたいことがないわけじゃない。そんな人たちが集まり、“be”に丁寧に向き合う場です。
「“be”に向き合うというのは『どんな姿勢で働きたいのか、どんな顔つきで毎日を過ごしたいのか、どんな大人でありたいのか』という人生の前提を整えること」と酒井。「まずは自分の現在地を知り、問いを持ち帰り、その問いを自分のなかで育てる時間になれば」と続けました。

そして、参加者一人ひとりによる自己紹介が行われたあとで、指出さん、酒井、前田によるトークセッションを実施。「なぜいま、doではなくbeから考えるのか」「人生を編集するとはなにか」について語り合いました。
【トークセッション】「人生を編集する」とはどういうことか?
酒井:指出さんは「何者かにならなきゃ」と焦った経験は、過去にありますか?
指出さん:ありますよ。僕は大学4年生のときから編集者をずっとやっているんですけど、そもそも始めた理由が同級生の女の子から「指出くんって、ボキャブラリーが貧困だよね」って言われたからなんです。「そうだね」と「たしかに」しか言わないよねって。それを聞いたときに、このまま大人になったらやばいなと思って「自分で言葉を生み出せないんだったら、言葉がたくさんある世界に便乗しよう」と考え、編集者になりました。やっぱり焦っていたんだと思います。「やばい」しか出てこない大人になるのは、よくないなって。
酒井:指出さんといえば、どんな言葉にでも反応してくれる、まさにボキャブラリーの人だと捉えていたので、得意だからこの世界に入ったんだと思っていました。
指出さん:真逆ですね(笑)。自分より秀でた人たち、なかでも言葉の天才というか、“言葉の銀行”みたいな人たちと同じ世界にいれば、少なくとも「やばい」の3文字だけで生きていくことから脱却できるかなと思ったんです。

酒井:前田さんは「何者かにならなきゃ」みたいな焦りを経験したことはありますか?
前田:私、自己肯定感があまり高いほうじゃないなって、最近思っていて。だからこそ「何者かになろう」と思ったことってあんまりない気がするんですよね。ただ唯一、小さいころから本を読んでいて編集者になりたいと思っていました。それをいま現実にできている。やりたい仕事に就ける人のほうが数少ないなかで、編集者になれたことは幸せだったと思っています。
酒井:今回のテーマのひとつである「人生を編集する」というような言葉を、実際に編集者のおふたりは、どういうふうに捉えていますか?
指出さん:僕は仕事のひとつとして編集者という肩書きを使うことが多いのですが、今日来られたみなさんもある意味“編集者”だと、僕は思っています。
たとえばですが、自分のやりたいこととか、誰かから依頼されたものがたくさんあるなかで、それらに優先順位をつけて物事を進めることも編集です。人を喜ばせる、人の役に立つ、自分をご機嫌にするみたいなことには、必ず編集の技術が使われているんですよね。
酒井:僕、編集者の方と初めて仕事をしたときに、編集って不思議な仕事だなと思ったんですよね。「なにを対価としてお金をもらっているんだろう」って。それで当事者に聞いたら「編集はなにもやらないんです。材料を集めてきて編んでるだけ」と言われました。なにかを集めることによって意味を紡ぎ出したり、意味を変えてみたりする、おもしろい仕事だなと感じたのを覚えています。
前田:指出さんがおっしゃる通り、好き嫌いを判断することも編集ですよね。自分のなかにあるテーマに合わせて気に入ったものを集め、それに対するいろいろな表現を編んでいくこと、構成していくこと、タイトルをつけていくことって、まさに編集だなって。
余談ですが、私が尊敬する編集者の嵐山光三郎さんは、タイトルを最低でも100とか、200とか出すらしいんです。なかなかできることではありませんが、この講座でも、自分の人生にまつわるさまざまなモノ、コトにたくさん“タイトル”をつけてみるといいんじゃないかなと思います。

酒井:この講座は“ライフデザイン”をテーマにしているわけですが、たとえば「人生を設計する」ではなくて「人生を編集する」とすると、どういうニュアンスの違いがあると感じますか?
指出さん:スーパーマーケットに買い物に行くときのことを思い浮かべてみてください。まず自宅の冷蔵庫になにがあるか確認しますよね。それで「これがあるんだったら、スーパーでこれを買おう」と考える。そんなふうに、すでにある食材と新しい食材を合わせておいしいものをつくるという行動が、まさに編集だと思います。要は、限られたものを使ってどう組めるかと考えるのが編集。それに対して、ないものをすべて揃えて、それで最高のものをつくるのが設計かなと。
前田:さらに、人によって調理法は異なるんですよね。他人のつくり方を見ると「私、これ知らなかったな」と驚くことがいっぱいある。そんな予想外の驚きというのが編集にはあって、設計にはないなと思っています。設計は予定通りに進めることが第一ですからね。
指出さん:最近、地域創生の仕事をするなかで、人口が減っている地域、若い人たちが外へ出ていっている地域をどう整備するかみたいなことを監修することがあります。そういうときによく「うまくいったものを、ほかのA市やB市に当てはめたらいい」という話が出るんですけど、それはオペレーションにすぎない。オペレーションではなく、クリエーションをどう横展開していくのかが大事だと思うんです。失敗がないように成功事例をつくることよりも、各自のクリエイティビティを伸ばすことが一番重要だなって。
酒井:指出さんの「失敗」という言葉に反応してしまったんですけど、設計って計画を立てることで、計画から外れてしまうことで失敗という概念が生まれるんじゃないのかなと感じます。
一方で編集は、立ち上がったことを自分のなかでどういうふうに意味づけするかということだと思うので、失敗という概念から解放されそうだなって。つまり、人生設計をしようとすると、うまくいったらすごく充実感があるかもしれないし、うまくいかなかったら苦しくなるかもしれない。でも、編集は先の人生で立ち上がってきた物事をどう編み込んでいきながら、そこに意味を見出していくことだと捉えているので、少なくとも“失敗”からは解放されるのかなと思いました。

指出さん:たしかにそうですね。たとえば、原稿と10点の写真を何人かの編集者に渡して記事をつくってもらったら、それぞれがまったく違うものができあがると思います。でも、それぞれでいい。設計図にはひとつの正解があるのに対して、編集には正解がないと考えています。
酒井:なるほど。もうひとつお伺いしたいのが、過去に指出さんにウェルビーイングをテーマにインタビューした際、ウェルビーイングを“ご機嫌”と訳していただいたのが印象的でした。
指出さん:人を幸せにすることももちろん大事ですが、自分がご機嫌な状態になるためにどうしていったらいいのかを考えることが、ウェルビーイングの第一歩かなと思います。
酒井:今回のプログラムのタイトルは「beからはじめるライフデザイン宣言」ですが、“be”を整える、“be”を考えるっていうのは、自分がどういう状態ならご機嫌になれるか想像してみることなんじゃないかと思います。
指出さん:結局、ウェルビーイングに関しては、時代の変化に伴って言葉が変わっていっているだけなので、言葉の真ん中にあることが変わらなければいいだけなのかなと感じています。僕は「『ソトコト』の編集長」「サステナビリティを提唱している人」とさまざまな呼ばれ方をしますが、本質はただ釣りが好きなだけの人です。そういうふうに、普遍的ななにかを持っていたらいいんじゃないかと思いますね。
酒井:前田さんは、今回の自分の在り方を考える、整えるというテーマをどのように捉えていますか?
前田:私「自分ってなんだろう」というのをあんまり考えてこなかったんです。ただ、前の夫がアメリカ人だったんですけど、彼に悩みを相談すると「Just remember who you are.(君が誰なのかを思い出せ)」って言われるのが印象的だったんですよね。「え、私が誰か?」って驚くくらい、“be”のことをなおざりにしていたなって。最近はよくわからなくなってくることもありますけどね。ちゃんと自分はやりたい方向でやっているのかとか、誰かに褒められたいからしている行動じゃないか、とか。

酒井:最後に、このプログラムで参加者のみなさんにひとつだけ持ち帰ってほしいことを教えてください。
指出さん:自分という存在は、たぶんひとつじゃないと思っています。僕は東京と神戸の2拠点生活を約5年間続けていて、“指出・東京型”と“指出・神戸型”がいる。この講座を通して、誰もが自分というものを複数持っていただけたらいいなと思っています。
前田:指出さんの著書のなかに「“課題”っていう言葉はガチっとしてしまうから、そうではなくて“お題”と言い換えてみよう」ということが書かれていて、私はそれがすごくいいなと思うんです。今後の講座では、いろんな人のいろんな意見を聞く機会があります。自分のなかにある“課題”を“お題”に変えるつもりで、気楽に参加していただけたらいいですね。
指出:“お題”は最高ですよ。外しても、座布団を持っていかれることで、みんなのウケが狙えますからね!

感想のシェアを通して見えてきたこと
講座の最後には、トークセッションを受けて参加者がグループ内で共有した感想をシェアしました。そのなかで、参加者のひとりは「『編集とは、あるものを使って料理すること』という話がありました。それを聞いた際に、制約があるからこそ楽しさが生まれるのだなと感じました」とコメント。これに対して指出さんは「制約があったほうが燃えますよね。際限がないもの、たとえば『自由に考えてください』ほど酷な指示ってないと思います。人は制限を拠り所にしたほうがはしごを登りやすいですよね」と補足しました。
続けて参加者から「編集とプロデュースの違いについて話題があがった」という感想に対しては、指出さんは次のようにコメントしました。
「編集とプロデュースの垣根はますますなくなってきています。これだけ紙のメディアが衰退すると、編集者にとってのマスの仕事がなくなる。だから、編集の視点でこれまでとは違うことをやったり、プロデューサー的な資質を求められる編集者も多くて。僕もプロデューサーのような仕事をすることが多いです。たとえば、群馬県庁の1フロアをリノベーションしてマルシェを開く施設づくりのプロジェクトとか。そういう意味では、編集者としてやっている仕事はプロデューサーの仕事かもしれないなと思いますし、あえて編集者とプロデューサーを分けなくてもいいと思っています。ただ、あえていうのであれば、編集というのは全体を管轄することではなくて、個人と向き合う、目の前にいる著者を偏愛するみたいな要素もある仕事かなと思いますね」

また、前田は参加者とのセッションを通して「つくづく人生に無駄なものはないと思いました。それから“社会課題”という言葉を“お題”と言い換えたら、みんなが気楽にアイデアを出せていいかもしれない。介護や高齢化、少子化などの問題、そして自分のことも“お題”を考えるつもりで見つめると、ウケたいという気持ちと共にちょっといいアイデアが出るかもしれないなって。ぜひウケる種を拾ってください」と参加者に呼びかけました。
最後に酒井は「編集という視点で人生を捉え直してみようというお話でしたが、前田さんがおっしゃった『人生に無駄なものはない』というのは、編集視点でいうと、無駄なものはないというより、編集の材料がむしろ増えていくというような考え方ができるのではないかと考えました」とコメント。
さらに「指出さんがおっしゃる通り、自分とはなんぞやと修行のように考えるのではなく、軽やかな立場から自分を眺め直してみるのもいいなと。きっと第5回の最終回では、今日の自己紹介とはまったく違う自己紹介、編集方針が出てくるのではないかと思います。宣言してみる楽しさみたいなことが出てくるんじゃないかなと、楽しみにしています」と酒井。こうして第1回の講義は終了しました。