「beからはじめるライフデザイン宣言」第3回 開催レポート/私は、どんな本音をまだ言葉にできていないのだろう?

やりたいこと(do)を決める前に、どんな自分でありたいか(be)を整えるための連続講座「beからはじめるライフデザイン宣言」。第3回は、『自分の本音を言葉にできる。』の著者・黒田悠介さんをお迎えし、「私は、どんな本音をまだ言葉にできていないのだろう?」というテーマでトークセッションが行われました。

【ゲスト講師】
・黒田悠介さん(『自分の本音を言葉にできる。』著者)

【ナビゲーター】
・酒井博基/『ナラティブモデル』著者
・前田洋子/「ウェルビーイング100」編集長

答えのある質問ではなく、抱え続ける問いを持ち続ける

黒田さん:僕の著書、『自分の本音を言葉にできる。』の大きな主張は、人が本音を表現し、誰かに伝えられるようになるまでには、いくつかステップがあるのではないかということです。

社会を土壌と考えたときに、私たちの本音は、なぜ芽が出にくい状態になっているのか。そして、その種をどう見つけるか。“言葉のデッサン”を通して少しずつ自分の言葉が出てきたら、問いを立て、芽に水を与えるように自分のなかで対話をします。そうしてある程度の言語化ができたときに、自分のなかだけでやっていたことを外に吐き出し、言語化をより深めていく。
本書ではそんなことを書いています。

具体的には、言葉のデッサンというところでいうと、マインドマップのように絵を描くケースと、自分に対して自分で話しかけるというケースがあるかと思っています。

僕は最近、朝起きてすぐにAIに独り言を話しています。「今日はこんなことをやろうと思っていて、でもちょっと気分が乗らなくて、この後この人と会うんだけど、この前にこういうことしなきゃいけないんだよな」というように。そういうふうにして、自分のなかにある言葉をとりあえず出していくことが言葉のデッサンです。

それに対して問いを投げかけていくというのは「要するにそれって、どういうことなんだ?」とか「だったら、どうしたいの?」と投げかけていくことで、言葉の解像度が上がっていくこと。こうやって本音を言語化していくプロセスのなかで、言っていることと、やっていることと、感じることと、信じていることが全部一致していることを“自己一致”と表現しています。

プロセスのなかでも大切なのが“問い”です。AIでは問いをプロンプトという形で入力しますが、誰かと話をしたり、なにかを考えるときも、問いの精度が答えの精度を決めてしまうほど重要。大事なのは質問ではなくて問いなんです。自分のなかで抱え続ける答えのない問いを持っていくことが、言語化においても、本音を表現することにおいても重要だと思っています。みなさんにはぜひ、今日だけじゃなく、全5回の講座を通して自分のなかの問いの精度を上げることを意識してほしいですね。

酒井:この本をはどういう経緯で出版することになったのですか?

黒田さん:実はずっと前から書きたいと思っていたテーマでした。そんななかで近年、AIと向き合うためにも言語化をしなければならない時代になってきて、言語化ブームが起きたと感じています。それに乗っかりつつも、僕が言いたいのは、ファストな言語化ではなく、スローな言語化をいかに時間をかけてやるかという話なので「いまの風潮へのカウンターとしておもしろいね」ということで、ようやく出版社からOKが出たんです。

酒井:「速く、簡潔に言語化されたものをくれ」みたいな風潮って、たしかにありますよね。AIとやりとりすることに慣れすぎて、人に対してもそれを求め始めているかもしれないと思いました。

黒田さん:そうなんです。当意即妙の返事ができないと、仕事ができないと思われちゃうみたいな、謎の風潮もあったりしますからね。僕は、すぐに役立つものはすぐに役立たなくなるものでもあると思っているので、スピードにフォーカスするのは違うのではないかと考えていました。

酒井:「スローな言語化」をもう少し噛み砕いて言うと、すぐには言語化できないものを自分のなかで熟成させるということなのでしょうか。

黒田さん:そうです。たとえばふと「転職したい」と思ったときに、その理由をちゃんと言語化しないと「年収が上がるから、この会社にいこう」と考えてしまいがちだと思います。でも本当は、人間関係の歪みとか、自分の時間が取れないとか、いろいろな本音があるはず。それを無視すると間違った選択をしてしまい、転職を繰り返してしまうようなことになるので、ファストな言語化には問題点もあると思っています。

酒井:たしかにこの連続講座でも、「あなたのやりたいことってなんですか?」みたいな質問に対して鬱々としてしまう人がいるのは、考えていないからではなくて、丁寧に考えているからこそ即答できないのかなと捉えていて。わからなさを引き受けるのは勇気がいるし、時間がかかる。でもわからなくなるということは、わかり始めているサインでもあるので、なんでもかんでも「わかる」と言ってしまうのは危険だなと思います。

黒田さん:そうですね、危ういと思います。既知だと思っていることを未知のものとして捉え直し、それを経たうえでちゃんと既知に持っていかないと、表面だけわかった気になってしまうことがある。答えを出さないまま抱えておき、でもそれを放置するのではなく、常に持ち歩いて、なにかニュースを見たときに思い出すようなアンテナの代わりになるというのが、問いを抱えて生きることなのかなと思います。答えを出すことが目的ではなく、問いを抱えて人と対話したり、考え事をしたり、いろいろな情報に触れるがいいんじゃないかなって。

酒井:言うなれば「問いの運用」ですね。

黒田さん:問いは運用していくうちに変わっていくんですよね。「あの人と話したおかげで、こういうふうに問いが変わったな」という具合に。だからこそ、固定化せずに変わっていくことを楽しむのがいいのではないでしょうか。

本音が見つからない、役割に縛られている人

酒井:本音を言葉にできない人のなかには、まだ本音が見つかっていないという可能性もあり得るのでしょうか?

黒田さん:そうですね、あると思います。普段から自分を取り繕う癖がある人は、「自分とはなにか」がわからなくなりがちです。また、社会で生きていると、優秀な部長、優しい母親、かっこいいお父さん……みたいな役割と無縁でいることは不可能なので、どうしてもいろんな仮面をかぶってしまうところがあるのではないでしょうか。自分の周りにいろんなものはあるんだけど、“真ん中”にある本音だけが存在しない、そこにアクセスできなくなってしまったみたいなことはあると思っています。

酒井:本音が見つかっていないという人のなかには、“見失っている”人もいるということですね。

黒田さん:そうかもしれません。本音を見出す時間がとれない、リソースがない、やり方を忘れてしまっている。理由はいろいろあると思うんですけどね。

前田:昔、女性の大学教授と話しているときに、子育てを終えたその方のお母さまに「お母さん、これから自由なんだから、なにかやりたいことがあったら言ってね」と言ったら「なにがしたいのかわからへん」と答えた、という話がずっと心に残っています。「おいしいもの食べたい」とかでも言えばいいのにって、当時思ったんですよね。でも、そうやってその場限りの答えを出して「私はなにをしたいのか」を問うことをやめてしまうと、本音は見つからないんだろうといまになって思いました。

黒田さん:そうですね。少しでもいいので、いまの自分の内面に向き合うことはすごく意味があることだと思っています。他人に合わせることを続けてしまうと、合わせる相手がいなくなった瞬間になにもできなくなってしまうこともあるかもしれません。

酒井:この講座は「beからはじめるライフデザイン宣言」ということで、“be”というのがひとつのテーマではあるのですが、それと本音はどうつながってくると思いますか?

黒田さん:実践編になってくるのではないかというイメージです。自分はこうしたいと思っていても、実践できるどうかは人による。場合によっては、社会との軋轢が生まれる本音もあると思うんです。路上で大声を上げたいみたいな本音があったら「それは、ちょっとやめておきましょうか」と。全員が本音で生きていける世の中ではないので、その折り合いをつけることが大事な作業なんだろうなと。

酒井:折り合いをつけるというのは、蓋をするということではなく、でも自分はどうしたいのか、どうありたいのかという本音に触れてみること。それがどういう形で社会と、折り合いをつけられるのかが大事と言うことですね。最後に、本音を言葉にするための入口として、どういうことができるかを教えていただけますか?

黒田さん:実は僕、来月から妻と子どもがニューヨークに移住するんです。それで、僕もついていくか、日本に残るかという話をしたときに思ったのですが、この話っていきなりドンって出せないじゃないですか。普段から「このことをちょっと話していい?」と小出しにしたりすることが、本音をさらけ出して大事な話ができる関係性につながるのかなと思うんです。日常的に、いつか本音を伝えなきゃいけない人とは、普段からちょっとずつ、小さな本音を伝え続けておかないといけないと思います。

本音をギフトラッピングして伝える

酒井:最後に、参加者のみなさんから質問はありますか?

参加者1:本音とは「自分の気持ち」というワードが近いのかなと感じています。その一方で、今日は心にまつわるキーワードが出てこなかったのですが、このふたつの言葉には、どのような関係性がありますか?

黒田さん:気持ちは、ある種反応のようなものだと思っています。たとえば、僕が娘に対してイライラしてしまうというのは、本音とは違います。どちらかというと、そのイライラとした気持ちの裏側に渦巻いているいろいろなものを本音と呼んでいるという感じかもしれません。それを本音と紐づけることもできますが、僕は感情と思考が織り交ざった、ごちゃごちゃしたものが本音だと思っています。

参加者2:会社や組織のなかで折り合いをつけながらも、自分を出していくコツはありますか?

黒田さん:「これをしたいからこうしましょう」みたいなことってなかなか通らないし、言いづらいので、「相手のため、チームのために提案していること」というふうに翻訳してギフトラッピングすることを大切にしています。中身は一緒でも、ラッピングされているのといないのとでは受け取る側の印象が違うので、他者と自分の想いに折り合いをつけて伝えることが大切なのではないかと思いました。

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